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デッスンの個人日記

デッスンの個人日記

これが彼女の活きた証

これが彼女が活きた証
 季節は冬の12月。
 到るところに雪が舞い降り、辺りを銀世界に変えてゆく。
 空には太陽が輝いているくせに、周りの雪は水に変わることなく、地面や木々を白く化粧をしている。
 そんな銀世界に良く映える黄金色がある。
 風に煽られるが、それらは乱れるのではなく綺麗に流れる。
 風が過ぎ去れば、その黄金色は重力に逆らわずに下に流れる。
 まるで一本一本が金の糸のような輝きを見せる。
 しかし、それらは糸ではない。髪だ。
 その黄金色の髪を持つのは女性。
 首筋から流れるような黄金色の髪は彼女の膝辺りまで伸びている。
 長すぎるほどの髪だが、しっかりと手入れをされているその髪はまさに芸術と呼ぶに相応しいほどである。
 だが、そんな美しい髪を持ちながらも、彼女には華やかさが感じられなかった。
 なぜなら、彼女が身に着けている物がその美しさを台無しにしている。
 彼女は寒さに耐えるように、その身を黒のマントで覆っているのだから。
 黄金色の美しい髪に黒のマントというのは異常なほどの組み合わせであった。
 しかし、彼女は気にした様子も無く、銀世界の雪の上を進んでゆく。
 聞こえるのは彼女が進むたびに聞こえる雪の音と風が木々の間を通り抜ける音である。
 彼女は雪の中を進んでいた。
 降り積もった雪には足跡などは無い。あるのは己の後ろに伸びる足跡のみ。
 道なき道を彼女は進んでゆく。
 ゆっくりであるが確実に前に進んでゆく。
 しかし、雪の深さは彼女の膝下、約30センチにもなる。深くは無いが雪に中を歩くのはかなり体力を消耗する。
 それでも彼女は歩みを止めることなく進んでゆく。
 歩みは進めたまま、彼女は見上げた。
 青い空が広がり、白い雲があり、輝く太陽がある。
 美しいと言うべき光景だが、彼女の心は奪われない。
 彼女の目に映るのは昔の光景だ。
 思い出に浸りながら歩いていたせいか、木にぶつかった。
 それはもう盛大にぶつかった。そして後ろに倒れた。
 ぶつかった衝撃で木の葉に捕まった雪たちが落ちてきた。
 だが、彼女にかかることは無く、反対側に小さな山を作った。
「………」
 彼女は雪の上に倒れたまま起きようとはしなかった。
 冷たい雪が何故か暖かく感じる。
(このまま目蓋を閉じたら凍え死ぬかな)
 そんな事を考えながら、彼女は倒れたまま空を見上げていた。
 ぶつかった拍子に鼻でもぶつけたのか、鼻頭がすこしヒリヒリする。
 ため息が出た。
 自分は何をやっているのだろう、という罵りだ。
 何でこんな事になったんだろう、何故こんなところに居るのだろう。
 分かっているが、答えは出ない。ただ、何となくなのだろうか。
「私はなんとなく生き、なんとなく歩き、なんとなく死んでゆく存在なのかな……」
 美しい声が小さく響いた。優しい声が小さく響いた。儚い声が小さく響いた。淡い声が小さく響いた。
 彼女は瞳を閉じて、右手を己の左胸に当てた。
 女性らしい膨らみの内側には小さい鼓動を打つのが感じられた。
 命の鼓動だ。
 誰もが平等にその鼓動を持ち、脈を打っている。
 その脈が終わりを告げた時、人は死を向かえる。
 それは安らぎか。それは希望か。それは悲しみか。それは絶望か。それは永遠か。
 誰にも分からない。
 分からないからこそ、人は生きてゆく。
 彼女も鼓動が続く限り生き、それが途切れれば死を向かえる。
 死に恐ろしさは感じない。喜びも感じない。
 ただ何も感じないだけ。
 死と言う物はそんなものだと感じている。
 左胸に当てていた手を顔へと移し、側頭部へ持ってゆく。
 知り合いからは綺麗だね、と言われる髪を分け、現れるのは耳だ。
 だが、ヒューマンのような耳ではなく、ヒューマンの耳よりも二倍近く伸びた長い耳。
 それはエルフである最大の特徴だ。
 彼女は立派なエルフである。
 森の賢者と呼ばれ、森のために生を受けた。
 剣術を習い、弓術を習い、魔術も習得した。
 それら全てを好成績を収めているのが彼女、セフィリアである。
 確かな美貌、男をも凌駕するほどの技術、魔導師をも上回る知識を持つ彼女である。
 世界で片手で数えるほど優秀な地位に立つ彼女だが、『神は人に万物を与えず』という言葉が彼女には当てはまった。
 彼女はもう一度左胸に手を当てた。
 小さく、確かな鼓動を打つ心臓がある。
 だが、この心臓はそう長くは持たない。
 エルフという種族は、ヒューマンよりも長生きだ。十倍から数十倍、幅は広いが、ヒューマンの命と比べたら長い。
 だが、彼女の推測される寿命はヒューマンよりも短い。短すぎるのだ。
 雪の中に身を倒しながら、彼女は呟いた。
「残された時間は、あと5年……」
 そう、彼女に残された時間はあと5年。しかし、それは最大という長さだ。短ければ、明日かもしれない。5分後かもしれない。いつ、如何なる時に死ぬか分からない。
 ならば、いっそこのまま死んでしまっても構わない。
 どうせ死ぬなら痛みなど無いように死にたい物だ。
 だから凍死というのを選んだ。
 雪の中で眠れば、後は勝手に心臓は止まってくれる。
 眠るように迎える死。
 安楽死と呼ぶべきだろうか。
 そのため、この冬が訪れるのが待ち遠しかった。
 誰も来ないこの土地に来たのが嬉しかった。
 何せ、彼女が居たエルフの森では雪が降ることは無く、森の中にはガーディアンたちがうろつき、森への侵入者達を拒んでいる。
 だから死のうにも死ねなかった。例え死ねたとしても、それは苦しみのある死だ。
 結果が同じなら、楽な方を選びたい。
 その事だけを想って、今まで生き延びてきたのかもしれない。
 多くの人に、お前は最高のエルフだ、とか、森のためにその力を発揮してくれ、とか。エルフが森のために生きるというのは極自然な事なのかもしれない。だけど、私にとっては違った。
 なぜ私の力を私のために使っては成らないのだろう。確かに私を生んだのは森だ。だけど私は生んで欲しいなどと頼んだ覚えない。むしろ、私を生んで何か意味はあったのだろうか。
 考えてみるが、分からない。
 分からないことが分からず、全てが分からない。
(ならばいっそのこと死んでしまえ)
 誰かが言った。
 死って怖いね。なぜ? 死ぬと全部が台無しになるんだよ。それが死なんでしょ。それが怖いじゃない。なぜ? 生きた証全てが台無しになる、それって怖いと想わないの? ぜんぜん。
 もし、生きた証が残ったとしても、それは私じゃない。
 私が死んでも世界は回り続ける。
 私が生きても世界は回り続ける。
 結果は同じ。だからいつ死のうが問題ではない。
 それなら、死に場所ぐらい自分で選びたい。
 だから選んだ。
 雪の中に倒れ、眠るようにして死ぬこと。
 恐らく、春になれば偶然通りかかった旅人に私の死体を見つけ、驚くだろう。
 いや、森に住む獣達が私の血肉を欲し、食い散らかしていくかもしれない。
 それは嫌だな、と想うが、死んだ後の自分なんて見たいとは想わない。
 どうせ、どこで死のうが人の身体は、骨と皮になり醜い姿に変わるのだから。
(もういいや……)
 彼女は目蓋を下ろした。
 背筋を伸ばし、指を絡め胸の上に置いた。
 彼女の美貌は、まるでアインハザードの加護を受けたように美しく、深き眠りへと意識を溶かしていった。



 彼女は目を覚ました。
 何故目が覚めたのかは分からない。
 目の前に広がるのは木目ベニア板が引き詰められた天井だ。
 明りが見えると言う事は、今は闇ではないと言う事だ。
 すこし不思議な感じがした。
 死ねば目の前に広がるのは闇ばかりだと想っていたからだ。
 自分は死んだのだと確信していた。だから今見えている物が不思議な感じがした。
 これは夢という表現になるのか、それとも天国か、地獄かもしれない。
 ベニアの天井が見えるのに地獄というのは変だな、と想った。
 でも、自分は死んだのだ。
(ほら、その証拠にここの鼓動は――)
 右手を動かし、左胸に当てた。当てたまま動けなくなった。なぜなら、
「なんで鼓動があるの!?」
 思いっきり身体を跳ね起こし、両手で左胸に当てた。
 小さく、トクン、トクンという鼓動は確かに存在していた。
 死ねばこんな物は感じなくなるのではないかと想っていたが、どうやら違うようだ。
「きっと、意識があるように思わせているだけ」
 己の各部に触れてみる。
「この暖かさも……」
 手の甲を抓って見る。
「この痛さも……」
 全ては夢か幻なんだと言い聞かせる。
 しかし、確認をすればするほど、それは生きているという証明にしかならなかった。
 生と言う実感を得てしまった。
「絶望だ……」
 まさに望みが絶たれた。
 死を望み、楽を選ぼうとしたのに、全てが取り払われ、苦しみしかない生にしがみ付いてしまった。
 その事に肩を落とし、堕落し、落ち込んだ。
 その時、突然ノックの音が響いた。
 驚いたように顔を上げた瞬間、ドアが開いた。
 ドアを開いたのは、雪のような白銀の短い髪を生やした青年のダークエルフだった。
 セフィリアとおなじエルフの種族であるが、彼らが信仰するのは闇の神グランカインだ。
 そのため、エルフとダークエルフは同じようであるがまったく別物。お互いを嫌いあい、過激なものなら争う事だってある。
 セフィリアはダークエルフという種族が羨ましく想っていた事もあった。
 彼らは、死の神シーレンの祝福を得るために、戦って死ぬという名誉がある。
 ただ死ねばいいだけじゃない。戦って死ぬからこそ意味があり、それが名誉であって栄誉でもあるのだ。
 生まれたときから死ぬべき場所が決まっている。
 その事がすこし羨ましかった。
 だが、セフィリアの前に姿を現した青年はにっこり笑った。
「よかった。目が覚めたんだね」
 幼いという言葉が良く似合うほどであった。
 ヒューマンとして比べてみればまだ19ぐらいの歳だろう。恐らくまだ成人の儀式を受けていないはずだ。
「いや、びっくりしたよ。森の中を歩いてたら眠るようにして倒れてるんだもん」
 青年はヘラヘラ笑いながら、私の隣にある腰掛けた。
 そこでようやく気が付いた。
 今、自分が居る場所はベッドの上であると言う事を。
 しかも彼は言った。森の中を歩いてたら眠るようにして倒れてる、と。
(私は生かされたのか……)
 青年が何かを言っているようだが、耳に入ってこない。
 落とした肩を更に落として俯いた。
 青年が心配そうにこちらに問いかけてくるが、全てを無視した。
「――けた」
「え?」
「なぜ助けたと訊いている!」
 私は怒鳴った。あらん限りの声で怒鳴ってやった。
 すると青年は脅えたように肩を震わせ身を引いた。
「私は死にたかったのだ! それなのになぜ助けたかと訊いている!」
 絶対の美貌とか知った事か。私は青年を睨み付けた。
 青年は脅え半分理解不能という表情でこちらを見ている。
 ダークエルフとはもっとすごい種族だと聞いていたが、そうでもないらしい。
 私は布団を蹴飛ばし、壁に掛けられていたマントを剥ぎ取ると部屋を出た。
 喪服のようなマントを身に付け、外に出た。
 地面には雪、家々は大木で組まれている。
 象牙の村オーレン。
 村から来たに行けば魔法発祥の地とも言うべき場所、象牙の塔がある。
 セフィリアもこの村から東へ昔、森の中で死ぬ事を決めた町でもある。
 二度と見る事の無い村にもう一度訪れてしまった。
 何たる失態であろう。やはり、あんな森の入り口付近ではなく、もっと深い場所へ行くべきであった。
 村のど真ん中をズカズカと進み、旅人だか村の住人なのかは知らないが、人々は私を避け道を明けてくれている。
 恩義も礼儀も振舞う必要はない。
 もう一度森へ行き、今度は誰にも見つかりそうも無いもっと奥へ進むだけの話。
 だが、
「ま、待ってください」
 先ほどのダークエルフの青年が追いかけていた。
 格好は部屋にいたときとまったく同じで、ズボンとセーターという冬らしい格好だが、そんな格好で外に出れば寒いはずだ。
「どういうことですか? 死にたいって……、なぜですか?」
「死ぬのに理由など要るのか? それなら私は死にたいから死ぬ。それだけだ」
 吐き捨てるように言い、彼の横をすり抜け村のゲートをくぐった。
「だ、だから何でそんなに死にたいのですか!?」
 青年が追ってきた。今度は逃がさないように強引にこちらの腕をつか――。
「え?」
 次の瞬間には青年の身体は宙を飛んでいた。
 ダークエルフの青年と言っても、こちらよりも筋力は上のはず。だから捕まれたら剥がすのは難しい。
 だが、セフィリアには経験と実力でその腕を払い、投げたのだ。
 要領は合気道に則った動きだ。
 思いのほか、青年の身体は簡単に宙に舞い上がり、落下。
 地面には雪が敷き詰められているため大怪我無しないはずだ。
 雪の上を仰向けで倒れた青年は未だに何が起きたのか分からないといった感じだ。
 だからセフィリアは彼を見下すようにして言ってやった。
「これ以上私に関わるな。次に会うときは骨の一本を覚悟しておくんだな」
 当然、本当に骨の一本を折るつもりは無い。だが、どんなに気の強い男であってもここまで言い切れば必ず身を引いてきた。どんなバカでも今の実力を考えれば、もう二度と関わろうなどと考えない。
 長い髪とマントを翻し、森へとその足を向けた。



 オーレンの東には広大な荒野が広がっている。辺りは雪まみれだと言うのに、ここの荒野だけは雪が積もる事が無かった。
 はるか昔、象牙の塔で行われている魔術の研究を奪おうと襲ったエルモアという軍勢があった。
 だが、その軍勢は象牙の塔に住むウィザードたちによって撃退され敗北した。
 それからだ。その軍勢の死者たちは闇に支配され、ゾンビとして蘇えった。
 だが、ゾンビはゾンビ。彼らは目的を失い、ただ戦場となった荒野を彷徨うばかりである。
 セフィリアの前にも、闘争本能だけになったゾンビが迫った。
 エルモアゾンビソルジャー。
 朽ち果てた姿に、刃が錆びた槍をこちらに向けてきた。
 その槍に左胸を突かれれば簡単に死ねるが、痛いのは嫌だ。
 彼女が今、生にしがみ付かせるのは『安楽死』の三文字だけである。
 エルモアゾンビソルジャーが槍を突いて来るが、簡単に避けた。
 こんなのを相手に手傷を負う事は無い。
 セフィリアの実力はかなりのものである。
 腰に提げたレイピアを抜き、エルモアゾンビソルジャーを簡単に倒した。
 本当にあっけない。
 しかし、セフィリアは感傷などするつもりは無い。しても無意味なのだから。
 急ぐというわけではないが、早々と東へ向け森の中へと姿を隠していった。
 森の中は相変わらず静かだった。
 冬のため、多くの動物達は冬眠で過し、暖かい春を待つ。
 セフィリアには暖かい春など待つつもりは無かった。
 春に咲かせる桜の花には別れを告げ、夏のセミの声にも別れを告げ、秋の落ち葉たちにも別れを告げてきた。
 思い残す事は無い。
 今度は先ほどの失態などしないように、森の奥へと進んでゆく。
 もっと奥へ。誰にも見つかりもしない奥へ。だが、
「………」
 セフィリアは不意に足を止めた。
 何かを見るように上を見上げたかと想ったら、突然身を翻し走った。
 そして、一本の木の裏へ回り込むと彼女は走りを止めた。
 何も無い空間をじっと見つめ、次の瞬間にはマナの流れを生み出し、
「ディテクション!」
 彼女の頭上に花火でも上がったのように、マナの塊が弾けた。
 白く輝くマナの欠片は、周りの雪のように白く、周りに溶け込んでいった。
 だが、セフィリアの目の前だけは違った。
 木と雪しかなかった空間に1人の男が現れたのだ。
「あ、あれ?」
 先ほどセフィリアを追っていたダークエルフの青年だ。
 青年はブラインドハンティングという闇精霊魔法を使って姿を消し、セフィリアを追ってきたのだ。
 セフィリアは青年の襟首を強引に掴むと雪の上に押さえ込んだ。
 地面は雪に覆われているため、ダメージは無いが、雪に埋もれた身体は動かす事が出来ない。
 彼女の右手には白銀に輝くレイピアがあり、青年の首に押し当てている。
 押さえ込みながら、彼女はお互いの鼻がぶつかりそうなほど近づけてきた。
「君は重大なミスをしている。まず1つは、次に会うときは骨の一本は覚悟して置けと言ったはずだ。それなのにヘコヘコ着いて来たこと。そして2つ目、こんな雪の中でブラインドハンティングは無意味だという事だ。姿を消せたとしても、足跡は消す事は出来ない」
 確かに、進んできた道を見れば、二本の線がある。一本はセフィリアのもので、もう一本は青年の物だ。しかし、例えそれをうまく切り抜けたとしても、セフィリアは一度も振り返っていない。要するに足音で青年が追ってきているのを知ったのだ。
「では、有限実行と行こうか」
 セフィリアは顔を離すとレイピアをぶんぶんと振り回し、青年の真横に突き刺した。
 すこし頬を斬られたらしく、左頬に痛みを感じた。
「私は骨の一本と言ったが、腕や足と言った覚えは無いぞ」
 彼女の表情は狂ったような笑みを浮かべた。
「特別に選ばせてやろう。どこの骨がいい? 首か? 頭蓋骨か? それとも左第3肋骨か?」
 どれを選んでも致命傷になる部分である。
 だが、青年は狂ったように笑う彼女を見たまま動かなかった。
「ダークエルフとは戦って死ぬ事こそが本望と。だが、今は戦って死ぬ時か? 違うな。これはただ単に殺されるだけの死だ。本望でもなんでもなかろう」
「僕はそんな死を望んではいない」
 青年が口を開いた。
 決意に満ちた台詞だ。
「ほぉ、戦って死ぬのは選ばぬか。ならば今ここで女に殺されて死ぬのを選ぶのか?」
「それも違う!」
 青年は言う。
「僕は、この命がある限り生き続けるんだ」
 青年の言葉に、セフィリアは更に狂ったように笑った。
 その笑みは何かを嘲笑うかのような笑いだ。
「笑わせてくれる! 笑わせてくれるなダークエルフの青年! この時代にそのような考えを持つダークエルフが居ようなどとは!」
 今の時代は生と死しかない混沌とした時代だ。
 戦って勝てば活き、負ければ死。その二つに一つしかない時代だ。
 ましてや、ダークエルフと言う種族は戦いのみの種族である。それに関わらず、生にしがみ付き、活きようなどとは可笑しな話の何者でもない。
「戦って死に、シーレンの加護は要らぬと申すかダークエルフよ!」
「そんな加護は無い!」
 生まれたときからそのように育てられて来たにも関わらず、彼は断言した。
 もしかしたらこの子はダークエルフではないかもしれないと言う考えが過ぎったが、白銀の髪は染めてある様子も無いし、長い耳も移植か何かでくっ付けた様子も無い。
 正真正銘ダークエルフの青年なのだ。
 ダークエルフは穢れた血を持つ。その為、穢れた血どうし戦ってきたと言う事も訊いている。
「では、立派に生き、ダークエルフ風情がアインハザードの祝福でも受けたいと申すのか!? それこそ無駄な努力だぞ穢れた血筋ダークエルフ!」
「それも違う!」
 再度また青年は断言した。
 戦って死ぬ事を拒み、なおかつ穢れた血を洗い流したいとは想っていない。
「では何だ! なぜ生にしがみ付こうとする!」
 セフィリアはあいている手でレイピアを掴んだ。
 レイピアを掴んだのはただの脅しだ。もし、くだらない事を言い出せば、ボコボコにして村に送り返すつもりだ。
 しばらくにらみ合いが続いたが、青年の瞳はこちらを見たまま話し始めた。
「僕は昔、あるヒューマンに出会った」
 青年は話し始めた。
「彼の名はシバース。強くてカッコイイナイトだった」
 襟首を掴んでいる手に力が入る。
 腕の一本ぐらい折れば、青年はすぐにでも逃げ出すか、どうかするだろう。
「だけど、彼は死んだ。心臓に不治の病を抱えて死んでいった」
 セフィリアの表情が固まった。
 セフィリアも抱えている物は心臓の不治の病である。どんなに医療技術が発達しようとも、彼女の病は治らない。せいぜい寿命を延ばすぐらいにしかならない。
「死ぬ直前にシバースは言ったんだ。『ダークエルフは長生きなんだよな。ならほんの少しでもいい。ほんの少しだけ、オレの分も生きてくれ』って」
 生を受け継ぐ事なんて不可能だ。
 だけど、青年は生を、志を受け継ぐ事に同意した。
「そしてシバースは死んだ。その時僕は知ったんだ。シーレンの加護もアインハザードの祝福なんて物はまやかしに過ぎないって。死んで楽になる事は絶対にない。生と死は平等じゃない! 対立なんだって!」
 話せば話す分だけ言葉に力が入る。
 怒鳴っているようにしか見えないが、目の前の女性に分かって欲しかった。
「それに、シバースは言っていた。『短い人生だったけど、楽しかった』って。だからシバースは僕に言ったんだ。『オレの分も生きてくれ』って。シバースが受ける事が出来なった楽しさを僕に引き継がせたかったんだ」
 シバースは確かに立派なナイトだった。
 腕や技術はそこら辺のナイトと何にも変わらないくせに、志は立派だった。
 辛さも、楽しさも、怒りも、全てをその短い人生で受けてきた。
「でも、君は違う。まだ活きている。まだ生に縋り付く事だって出来る。それなのに何故死に頼っているんだ!?」
「……死に……、頼っている――」
 彼女の心に青年の言葉が突き刺さってゆく。
 今まで考えた事も無かった。考える事さえ出来なかった事ばかりだ。
「死ぬ事が苦しみや悲しみ、絶望から逃れられると想うなよ! どんなに惨めでも、どんなに頼りなくてもいいから活きて見せてよ! 死ぬ事なんて勇気じゃない! 活きる事こそが勇気なんだ!」
 なんて臭い台詞だろうと想う。
 しかも、こんな事を叫んでも、状況は何にも変わらない。
 傍から見ればかっこ悪い光景だが、そんなことはどうでもいいかもしれない。
「……死にたいのなら僕を殺せよ。君が死にたい気持ちを僕が受け継ぐ。だから君に言うよ。『僕は今ここで死ぬけど、その分君が活きて欲しい』と」
 青年は腕を広げ、目を閉じた。
 例え、僕が死んだとしてもその後、彼女が活きる保証など無い。
 はっきり言えば、僕の死は無駄だ。
 無駄と分かっていても、青年の心は穏やかだった。
 目を閉じていても分かる。青年の上にまたがって座る彼女がレイピアを振り上げているのを。
 こんな穏やかな気持ちで死ねるのも悪くは無いと想った。
 だが、いつまでたっても命が断たれる事は無かった。
「――ゃない……」
 彼女の声が聞こえた。
 青年はゆっくりを目を開けた。
 レイピアを頭上に振り上げた姿勢のまま固まっている彼女だが、顔はまるで別人だった。
 狂ったような笑みを浮かべていた表情とは異なり、顔をくしゃくしゃにして目からはいっぱいの涙を流し泣いているのだ。
「出来る訳無いじゃない……」
 もう一度言った。
 涙声で何を言っているのか微妙だったが、確かにそういった。
 振り上げていたレイピアをゆっくりと下ろし、捨てた。
「私は……! 私は……、あなたの分ほど活きられない……」
 嗚咽を漏らしながら彼女は大きく泣いた。



 それから10分ほど彼女は泣いていた。
 何かを吐き出すように、何かを求めるように、彼女は泣いていた。
 そして彼女が落ち着いた後で、彼女の話を聞いた。
「私も、心臓に不治の病を持ってるの」
 僕は黙って聞いていた。
「医者が言うには、どんなに長く活きようにも5年が限度だって」
 短ければ明日かもしれない、
「今は元気でも、明日倒れるかもしれない」
 いつ死ぬか分からない。でも避けることの出来ない死。
「私にはもう残された時間も物も何も無いもの」
「だから死んでも構わないと?」
 彼女は頷いた。でも、と続け、
「あなたに会えて良かったかもしれない。あなたの言葉すごく響いた」
 そこで初めて彼女が笑った。
 雪の中で眠るようにして眠っている時も綺麗な顔だと想っていたが、やはり笑っている顔も綺麗だ。
 だけど、彼女の言うとおり、長くても5年しか活きられないのならすごく可哀想でもある。
「ここで、一言いわせて頂戴」
 彼女が不適に笑った。
 何か嫌な予感はしたが、黙っている事にした。
 それが何なのかは分からないけれど、悪い事にはならないだろう。
「私はあの時、あなたが来なかったら確実に死んでいたわ。だからあなたと活かせてよ」
「え?」
「活かされた責任しっかりとってよね」
「ええ~~~~!?」
 それから僕と彼女の旅が始まった。



 本来なら動かずにベッドの上で過した方が長く活きられると思うのだが、彼女はそうはしなかった。
 行きたい所へ僕を連れまわし、食べたい物を食べ歩き、休みたい時に休んだ。
 一見すると健康その物のようにしか見えなかったが、月に一度ぐらいの感覚で、彼女は寝込んだ。
 苦しそうな表情を浮かべ、この時が来たかと思えば2,3日後には元気良くまた進んでゆく。
 だけど、日を追う毎に彼女の命と言う灯火は確実に弱くなっていった。
 寝込む周期が一月に2度に増え、3度に増え、いつしか週に一度。病状は悪化し、とうとう寝たきりの生活になってしまった。
 出会ってから3年目の冬だった。
 僕はお湯の入った桶とタオルをもってセフィリアの部屋をノックした。
 中から、いいよ、と言う声が聞こえ僕は扉を開けた。
 二つしかないベッドと机が一つだけの簡素な部屋であったが、悪くは無い。本当なら部屋を別々にしたかったが、お金がもったいないからと断られた。現に宿をずっと取っているためそろそろ宿代が厳しい。
「新しいお湯もって来たよ」
 部屋に入り、扉を閉めた。
 ベッドで身体を起こし外を見ている女性がいる。
 黄金色の長い髪を持ち、美貌を持ち合わせたセフィリアだ。
「うん、ありがと」
 桶を傍のテーブルの上に置き、暖炉の火の中に薪を二本投げ込む。
「それじゃ、僕は外で待つね」
 彼女の身体はもうあまり動く事は出来ない。その為、お風呂に入る事が出来ず、タオルで身体を拭くだけになってしまう事が多い。
「待ってよ」
 出て行こうとする僕をセフィリアが呼び止めた。
 振り返ると、彼女は窓の外から僕に視線を変え、
「背中の方をお願い。動かないせいでぜんぜん届かないの」
 言いながら背中に腕を回そうとするが、身体は完全に硬くなり背中に届かない。
「背中だけですからね」
「あ、あと髪も」
「はいはい」
 彼女はこの長い髪を切るつもりは無いらしい。
 最初の頃は自分で手入れをしていたのだが、最近ではそれも僕の仕事になってしまっている。手入れをし始めた頃は大変だった。力を入れすぎれば痛いとか抜けるとかいい喚き、弱いと髪が痛むとか言う始末だ。
 最近コツを掴んだおかげか、彼女は何も言わなくなった。
 タオルを絞り、服を脱いだ彼女の背中を見た。
 3年前とは変わり、その背中はすっかり痩せ細ってしまっている。
 食べる物は一応食べているが、それは活きるために必要最低限の摂取程度でしかない。
 彼女も僕も分かっている。
 セフィリアの命の灯火が消えてしまうのはそう遠くない事を。
「ねぇ」
 突然セフィリアが声を掛けてきた。
 顔を上げると、彼女は前を向いたままこう言った。
「――ありがとね」
「……突然どうしたんですか? 藪から棒に」
「べっつにぃ」
 照れくさいのか彼女は恥ずかしそうに膝を抱えて外を見た。
 長い髪で隠れたその表情はきっとすごいほど赤面しているに違いない。
 その、ありがとね、が僕の心にいつまでも残っていた。


 それから半月後、彼女は逝ってしまった。


 彼女と居た3年と半月は楽しかったものである。
 何だかんだで振り回される事の方が多かった気もするが、それもまたいいと想っている。
 今僕がたっているのは彼女の墓前だ。
 この墓は彼女の生きた証になるのだろうか。
 いや、彼女の生きた証は僕の胸の中にある。
 そしてここにも。
 僕は首から提げたネックレスを握った。
 ネックレスの先には銀のリングがある。
 リングの内側には英語で書かれているため読めないが、意味は分かる。
 『私は生き続ける』っと。
 そして、僕の左手の薬指にも似た指輪がある。
 その内側にも英語で書かれているため読めないが、意味は分かる。
 『僕は君を忘れない』だ。
 そう、これも彼女が生きた証でもあるのだから。




〓〓〓〓〓 あとがき 〓〓〓〓〓

 今回は恋愛よりも、生と死について書いてみました。
 就職活動中にだらだらしたらそのままだらだら行ってしまうと先生が言っています。
 俺、ストレートど真ん中?

 もう小説の方は絶好調!
 就職活動絶不調ヒャッホウ!

(7/31書)


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